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zoom RSS サポーターとしての心得

<<   作成日時 : 2008/11/15 22:40   >>

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何か盛り上がってますね、私のブログのコメント。
いつもありがとうございます、マウリシオ氏、ナック氏。
あらためて自分の日和見主義を反省しています。
今日の夕食時にも娘からつっこまれました。
「1つのチームだけ応援したら?」
ごめんな、執着心の薄い父で

これでもご執心だったチームはあります。
幼少期はプロ野球・巨人。
1990年、日本シリーズで西武に0勝4連敗した瞬間、
何かが私の中で切れました。
(しかし、原氏が監督に就任したときはそっと応援しています。)
1993〜1998までは浦和レッズ。
1998〜2002はマンチェスター・Uとイングランド代表。
とくに98/99シーズンのマンUのトレブル
(プレミア、FAカップ、CL制覇の3冠)のときは体が震えました。
「コールとヨーク、キーン、シュリンガム、
 ベッカム、スールシャール、ネビル兄弟、スコールズ、
 ヨンセン、スタム、ファンブロンクホルスト、」
あれ、全部言えない
また、ホドル・イングランド代表の3-5-2の
フラットライン・ディフェンスは参考にしました。
その後の、あれ監督誰だっけ、あー、エリクソン。
エリクソンの2002W杯アルゼンチン戦の采配も何度かVTRで見ました。

でもこのイングランド贔屓も、
ユーロ2004のポルトガル戦の敗退で、さようなら。
ちょうどそのころ、ライカールト・バルセロナの、
プレスとポゼッションの融合サッカーを観て、
「これはクライフ・サッカーの継承あるいは新展開か?」
このあと、バルセロナのレプリカシャツを2種類購入し、
2005からこのブログを開設し、このブログは現在に至るわけですが、
その間、メッシ、ボージャン、ドスサントスとバルセロナも
有望新人に恵まれながらも、ロナウジーニョとエトー、
ロナウジーニョとライカールトの不協和音から瓦解。

ちょうどその頃、立川市に引越し、
ヨーロッパシーンから南米ウオッチャー、
南米嗜好から助っ人ブラジル人の破格のプレー。
そしてフッキ、ディエゴと格安J2チケットとの出会い。

そこで「私の血も緑かも知れない」と思いこむことにするのですが、
よみうりランド行っても、クラブハウス、ヴェルディーノに通っても、
実はなんかイマイチ、テンション上がらず。
テンションが上がるのは、フッキのシュートとディエゴの繊細なパスのときだけ。
ああ、いつしか興味は、
U17日本代表で魅惑のサッカーを展開した城福氏のFC東京監督就任。

結局、トレンドウオッチャーなだけですね。
何か、切っても切れない縁故から、あるチームを応援したい。
そう、現在、FC東京にご執心でも、
FC東京ユースのユニフォームを見ると、あのときの悔しさがフラッシュバック。
FC東京は応援すべき対象でなく、じつはいつかは乗り越えたいチーム。
ああ、とてもレプリカなんか買えない。
息子は「羽生22番」のレプリカを着ているが、
サッカースクールのコーチから、「おお、さすが羽生」と
言われて以来、スク−ルのときは着用せず。
そして彼もいつかユースを受験し、落ちたら多分、もう目の敵。
(いや、そうでもないか。落ちたからこそ憧れるか?)

コメントいただいた、両氏。申し訳ございません。
私は、1つのチームだけを応援することは出来ません。
まさかヴェルディ川崎を応援するとは、1993は思ってませんでしたから。
これから先もどんな御法度があることか。

思えば昨年の今頃は、甲府降格阻止に動いてました。
また現在も、元大宮監督の佐久間氏の甲府GM就任と、
札幌を辞任する三浦監督の就任の噂に脅えています。
とはいうものの、2001ごろはJ2大宮の三浦監督のサッカーを、
スカパーで録画して分析しているわけですから。

もう、何も言えません。僕はサポーター失格だ。

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