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ヴェルディ、福西・服部・土肥・大野・船越に戦力外通告。 経営規模縮小。強化費は6億〜7億円程度に(現在の半分以下)。 いよいよきたなあ、ッて感じがします。 ![]() 1980年代から、読売クラブ・読売ジュニオール、 最近では読売育成会(?すいません、名称、違いますかね?) などの活動を通して、早くから、 企業の福利厚生事業やシンボル事業の一環のチームとは一線を画し、 プロ志向・テクニック重視のサッカーで、 日本のサッカーを牽引してきたヴェルディが、 その事業の規模を縮小することが発表された。 昨年の、J2での8連敗だか9連敗しても、 ラモス監督を解任せずに、「?」と思った。 (それでもフッキ・ディエゴに依存したサッカーで、 リーグ後半戦に負け無しで昇格した、ヴェルディ。) あのとき、感じた空気。 「もう、ヴェルディはこういうJ2規模の経営で精一杯なのでは?」 「いや、J1昇格なんて、ポーズ。 ほそぼそと、初期の志を続けて、また景気が回復した頃、 挽回をはかるのでは?」 「もう読売系は、サッカーでは役割を終えたと思っている。 プロ野球・読売巨人軍の経営で精一杯。 もはや、カズ・ラモスほどのエンターティナーのサッカー選手も現れまい。 サッカーからは手を引く。」 よみうりランドのサッカー場の片隅にたまったゴミを見て、感じた もう半分は失せてしまったサッカーへの情熱。 今年の2月、小平のグラウンドとよみうりランドのグラウンドでは、 かなりの温度差があったように感じた。 読売クラブ(ヴェルディ川崎)が80年代後半から90年代前半まで、 日本のサッカーをリードしていたのは事実です。 また個人的なことですが、 読売ジュニオールのセレクションを受けよう、 と思った時期もありました。 ラモス選手の一年間出場停止、 あるいは16歳でトップチーム・デビューした菊原選手など、 話題にも事は欠きませんでした。 ヴェルディ川崎として、Jリーグを連覇したときは、 浦和レッズサポーターとして、 その読売巨人軍の戦力補強に似た金満体質が鼻につき、 忌み嫌う存在となりました。 それでも、縁あって立川市に引っ越し、 その商店街が応援するヴェルディ。 小さなひなびた布団屋の軒先に張られた、 くすんだ色のヴェルディのポスターを見て、 小さな息子を連れて行ってみた、J2の試合。 以前の偏見を捨てて、1つのチームを応援してみようと思ったあの頃。 そして、名波の補強。 思えば2007年の補強は良かった。 繰り返しになるがラモス監督続投以外は、 J1昇格は本気か、と思えた。 そしてフッキのシュート、ディエゴのスピード&テクニックは、 高い金を払って観るに値するモノであった。 しかし、2008年の補強はいけない。 特に、ふくに・・、ふらんしす・・・、また月賦で買い戻したふっ・・。 また、そのベテランに頼り切ったメンバー構成、 またマン・オリエンティドの守備戦術も、その老獪な身体を蝕んだ。 今後、ヴェルディはどうなるのだろう? 中田英寿大株主率いる「サニーサイドアップ」に買収され、 中田英寿氏のサッカー教室となるのか? 繰り返しになるが、 読売グループがサッカー界に貢献してきた功績は、 ちょっと気になる点もあるが、 その「強すぎて、嫌いになる」部分も含めて、 ホントにその功績は大きい。 駅から遠いが、あのよみうりランドの一角のサッカー施設も、 1990年代前半は、他の見本となるモノだったと思う。 ちょっとJ2で、身の丈にあった経営を重ね、 また敷地内のゴミを拾うことから、 職員・スタッフ、選手、サポーターで始めれば、 まだまだあの施設の魅力と効果は望めると思う。 また、生え抜きの粋のイイ選手の登用と新戦術の試行。 東京ガスにできて読売新聞にできないことがあるのだろうか? 今週末は、ヴェルディのJ1最後の姿を見に行こうと思う。 息子とも約束した。 息子が言った。 「パパ、最前列で応援しよう!」 3年前、ミトナチオに粉砕されたヴェルディ。 あれから息子も成長し、 我が家のサッカーボール(4号球)も3個に増えた。 ヴェルディ、雌伏の時を迎えよ。 |
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